Aminのつれづれなる日記

来し方を振り返りながら日々思うがままに綴る。国内外の旅行、時事問題なども含めて独善的感想も差し挟んでみた。

カテゴリ: 国内旅行

2016年6月1日
プリウスに掛けられた任意保険(上乗保険)の有効期限は5月31日だったのを確認したのは正しく当時の午後5時半、ホテルにチェックインした直後であった。保険会社の電話はもう繋がらない。一日単位の保険もあることを確認できたが、スマホを利用する方式で小生のガラケーでは不可能、PCでも駄目だ。翌朝の始業時間まで待つしかなさそう。そしてホテルチェックアウト時間ぎりぎりまで保険会社とやり取りするも、担当者の一存では回答できないとのことだ。小生のミスではあるが、ひとりの顧客として結論が欲しかった。上乗せなしには動きようがない。結局は保険を継続する手続きを全労済の水戸支店ですることになった。そして結論としては、保険の発効は翌午前零時ということでその時点で水戸滞在を余儀なくされることに他ならない。何しろ、小生は三月末に交通事故を不覚にも起こしているだけに、無保険のまま旅を続ける自信が全く無くなっていたので、結論には納得するしかない。こんな大事なことを未確認のまま旅を続け、事故でも起こすよりも、一日を余分に水戸で過ごすことになったことには前向き志向に考える方が良さそうだ。
との理由で、午後四時まで市内の有名な「偕楽園」の駐車場で時間を過ごすことにした。
水戸は藩主第二代徳川光圀(みつくに)、代九代徳川斉昭(なりあき)が有名で、特に水戸黄門様はその奔放な行動で人気を得たのは知られている。「偕楽園」「千波公園」には平日にもかかわらず、多数の市民が憩い午後の日差しの中で過ごすのが見られた。特に「千波公園」は広大で、周辺整備も完璧で、まるで湖のよう。
白鳥、黒鳥、鴨、鳩など鳥類、池の中には大きな緋鯉真鯉がうようよ状態で、岸辺で足音をたてるとばしゃばしゃと音を立てて寄ってくる、その姿をみて幼児たちが喜んでる、平和そのものの風景が続いていた。
はからずも、水戸市に滞在することになって「いったいどうする?」と戸惑いもあったが、結果的には乾燥した空気、気温も25度前後、適度な南風と意外にもこの地方都市の風情が見えたようで、旅の趣きを楽しめたんじゃないかと納得している自分がいる。
明日は、心置きなく、房総半島を目指し銚子から館山辺りまで行ければと思っているのだが。
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偕楽園公園駐車場より観る「水戸芸術館」のモニュメント
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偕楽園公園から「徳川ミュージアム」へ至る「梅郷橋」
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千波公園の芝生広場
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千波湖には多くの河川が流れ込んでいる
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ドクダミの花
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千波湖はこの看板のように「日本の重要湿地」と指定されている
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千波湖では黒鳥のツガイが見られた
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公園内の小河川 水量豊富で流れも早い
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二代藩主 徳川光圀公 黄門様として知られる
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九代藩主 徳川斉昭とその七男の慶喜、NHKの大河ドラマ「徳川慶喜」の一場面
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千波湖岸辺 白鳥も陸に上がると動きが鈍い
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千波湖周辺 マガモのツガイか?
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千波湖周辺 黒鳥のツガイ
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本日の走行距離 15km 燃費 11.9km/L
  





5月31日

石巻のホテルには今回の旅行で初めての連泊をし、いい休養になったと思う。少し高めについたけど。
仙台の南、仙台空港にほど近いところに「岩沼市」という町がある。そこに在住するモロッコ協力隊のOBのH氏と合流することに、彼から聞いていた勤務先まで直接出かけ、そこから初めて携帯に電話を入れたところ、彼は今日は非番とのことで、自宅から10分後に職場前の駐車場登場した。34年ぶりの対面はあっけなく、そこには昔と変わらないH氏がいたが、やや肥えてたかなの感想である。岩沼市も海浜では津波の被害の復興工事が盛んで彼はその工事中のとある区画にイベントを考えているとのことだった。そこまで車ででかけ、その後は市内のカフェで一時間ほど思い出話しとなった。ここでも話題は健康のこと、彼の持病は「高血圧」とのことで、常時200越えと聞いて不安になった。鹿児島の鹿屋体育大出身の彼だから、身体は保証付きなのだろうが、気を付けるに越したことはない。短い時間ではあったが、これで良し、お顔を拝見できただけで十分だ。ここでも再会を約束したが、果たしてどうなることやら。
国道6号線をひた走り、いわき市までとのつもりだったが、意外に走行がスムースで、結果的には水戸市まで辿り着いた。
今日の道中の最大の関心事はやはり、福島第一原発の影響についてであった。国道6号線は陸前浜街道と称し、福島県内の海岸近くを南北に貫通する幹線道路である。
南相馬市を過ぎる辺りからしだいに景色に少しづつ異変を感じるようになる。南下すると浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町と続く。これらの町々の名は、これまで何百回となく原発事故に関連したニュースで聞きなれたものである。この間における走破した感想を少し述べてみたい。
この間、およそ40kmの区間、道路の両側は時間が止まっているような光景があった。例えばガソリンスタンドの料金表示が147円/Lとなっていた。5年前の水準である。また、6号線沿いのあらゆる店舗も民家も縄が張られたり、バリケードにより封鎖されているのだ。有名企業の営業所のガラスが割られて明らかに窃盗被害に会った様子、また延々と続く荒れ放題の田畑、民家の伸び放題の庭木も見える。
帰還困難区域では、線量も高いので、二輪車、歩行者などは通行禁止の規制がされており、乗用車や
貨物車だけが線量を容認の上で通行が許可されている。しかし、脇道に入るには特別な許可がいるようだ。眼に見えない放射線が自然界に一体どのような影響を与えているのだろうか。物質は時間の経過とともに劣化しているのが目に見えるけど、動植物など生物に与える影響はいかほどなのか、まだまだ放射線との目に見えぬ闘いは続きそうである。
除染にともなう汚染物質を詰め込んだ真黒な大きな袋があちこちに山積されている。厄介な問題が正しくこれらの袋に凝縮されているようだ。東電の放った目に見えぬ悪魔はいつまで蔓延り繁栄するのだろうか。
東日本大震災は本州の東北から関東の太平洋岸に沿ってどれほどの影響を与えたのか、昨日訪れた石巻の大川小学校の惨禍などなど、千年に一度と言われるほどの大災害を目前にして、人の小ささを痛感させられた東北の旅であったような気がする。
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この先「帰還困難区域」につき通行止め との立て看板
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幹線国道6号線からの脇道は全てこのようなバリケードで封鎖されている
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帰還困難区域 通航制限中です
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住宅地への進入路もバリケードで封鎖されている
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国道6号線富岡町方面、国道288号線との合流地点間近、この先急に交通量が増える
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富岡町で横断歩道橋に掲げられたスローガン 富岡は負けん!
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道の駅「ならは」は休館されており、現在は双葉警察署臨時庁舎として使用されている
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道の駅「ならは」概略説明版
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楢葉町にはJ‐VILLAGEがあったが、現在は福島第一原発の廃炉処理の前線基地とされている
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本日の走行距離 303km 燃費 31.1km/L


 先週 1月19日だったと思いますけど 多度津町の堀江というところの予算線の踏切に差し掛かった時に遮断機が降りて降り警報機がなっていました  すると 丸亀方面から多度津駅に向かって ゆっくりとゆっくりとして 見かけない 編成の列車が通過していました  即座にスマートフォンカメラで通過する 濃い青色の輝くような列車を撮影してみました

  これは検索してなぜにこの列車が四国の予讃線線を知っていたのか調べてみることにしました この列車は「THE ROYAL EXPRESS」と称され関東で横浜から伊豆方面へ 観光列車を運行する 東急の所有になる列車だと分かりました  JR四国JR西日本 そして東急のコラボレーションによりこの観光列車を 仕立てたということでした  この列車は 都合 6回ほど岡山、高松 松山間を往復するとのことです  驚いたことにはこの専用列車 3泊4日の旅でなんと 90万円ということでした  全国各地にはこのような特別編成の観光列車が走っているようですけど 列車の旅で各地の鉄道路線を走り回る なんと素晴らしい企画 なんでしょうかね  ジェット機なら 本の30分1時間で行けるような距離を電気機関車にひかれ ながら 3泊4日とかけて旅するのもゆとりがあれば体験したいものですね ちなみに 東急の電車と JRの 線路の幅は狭軌ということで 1067mmで同一なのでこの企画がされたようです その他 国内の鉄道のトンネルは東急の電車のパンタグラフが障害となるため JR西日本から電気機関車を借り上げて立った6回の運用ですけど ずいぶんと手間暇かけているようです 運転士は習熟運転のために、何度も予讃線で確認作業をしているようです 道理で高価な旅企画となったことも頷けます
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 2016年5月中頃でしたけど、僕は愛車のプリウスで能登半島を周遊したことがありました。その時は朝方羽咋を発ち能登金剛などを訪れ、できるだけ沿岸の田舎道を辿りながら輪島に行き着きました。その先は「絶景街道」と呼ばれ、それはそれは空前絶後の景観を見せてくれました。
 日が傾き出した頃、狼煙(のろし)漁港から珠洲の市街地に入りました。この日は車中泊を決め込んでいたのです。持参したパソコンのバッテリーがほとんどなくなり、充電の必要があったので近くのコンビニ(ファミマ)へ行ってみました。そこはアルバイト店員が一人で店守りをしていました。彼に店先にあるコンセント利用させてほしいと頼みましたが、彼氏の判断ではオウナー不在なので不可能との事でした。
 そこですぐ近くの珠洲警察署へ出向きました。夜勤の警察官はパソコンの充電については快諾されました。警察署前の駐車場にて待機すること2時間余りパソコンは復活しました。その後珠洲漁港の突堤付近の屯所の空き地にて一夜を過ごしました。先日の大地震で付近一帯は壊滅的で悲惨な様子を見ることになりました
 コンビニの店員さん、それと警察署のお巡りさんどのような、行く末となったのか今では知る由もありません。無事を祈るだけです。

 2016年5月13日 珠洲→穴水→能登→七尾→氷見→高岡と走破しました
 この日、未明の珠洲市の埠頭の屯所付近で車中泊して高岡まで150kmを8時間を掛けて富山湾に出来る限り沿って南下しました ここでも、地震の前の長閑で豊かな集落の甍の連続を観ながら、まさかの「能登半島地震」が数年後に起こることなど、知る由もなく素敵な景観を只管愛でるドライブとなりました テロップでこの編でも錯誤がありました能都じゃなくて能登です 申し訳ないです
ボラ受け漁
 穴水町の「ボラ待ちやぐら」です 最高に長閑じゃないでしょうかね

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