Aminのつれづれなる日記

来し方を振り返りながら日々思うがままに綴る。国内外の旅行、時事問題なども含めて独善的感想も差し挟んでみた。

2016年07月

7月31日、日曜日には地方選挙では最大の関心事となる「東京都知事選挙」の投開票で決着することに

なる。泡沫候補まで入れると立候補者数は21名にもなるというから驚きだ。メディアでは有力三氏の動向

に焦点が絞られて、時折10位ぐらいまでの候補が話題になるぐらいである。三者討論会では「小池・増田・

鳥越」の三氏だけが壇上を占めたことに、マック赤坂氏は選挙の公平性を理由に壇上に駆け上がろうとして、

警備中の警官に制止され怒り心頭にという場面もあったという。

都知事選挙

泡沫候補といわれる立候補者が政党、各種団体などの支持もないまま、多額の供託金を収めての都知事

選挙を戦うことの意味がどこにあるのだろうか?選挙運動期間中、どれほどのエネルギーを傾注するのかと

問われれば、まことに割に合わない行動であると言わざるを得ないのだが。

さて、本選挙では各種メディアの大概の予想では、小池〉増田〉鳥越の順になっているようだ。一文字漢字で

独断で表すとなると、華〉陰〉衰となるのではなかろうか。個人的にはこの予想で結末を迎えてくれることを望

むが、浮動票の行方次第ではこの順番が入れ違うこともあり得るかもしれない。

五輪も待機児童も重要な課題であることは間違いないけれど、首都東京の危機管理が喫緊の最重要の懸案

であると思う。震災や津波、火山噴火など巨大な自然災害に対してはいかにも脆弱な首都機能である

ことは東日本大震災時の帰宅困難者で混乱したことからも明らかである。

300km以上の距離をおいて、様々な機能を分散すべきであり、名古屋以遠にバックアップ機能が果たせる

ように都と国が率先して合議して移転すべきだと思う。三者各候補者もそれを謳ってはいるが、やはり

具体性では小池百合子候補が抜きんでている。

国政選挙でもないのに先の参議院選挙以上に盛り上がる都知事選挙、スキャンダル合戦もご愛敬であり、

庶民の関心はバラエティー番組を遥かに越えてると思う。

今回の記事を綴るにあたり、動画編集にしようと意図したものの、その作製には思った以上の時間を要する

ことになることに気付き、写真だけの構成とした。

鹿児島在住の姪っ子が久しぶりに帰省してきたので、以前から希望のあった「四万十川」へ彼女の滞在中に

行こうということになり、7月28日木曜日に少し早めの午前7時半ころに高松を発った。姉貴とその長男家族

も一緒である。高速道を高知県の須崎まで一気に走り、その先は無料区間の終点四万十町中央まで行き、

国道381号線に沿って四万十川上流より下流に向かって四万十市(旧中村市)まで夏の盛りを清流を満喫

した。以下時系列にそって道中記を綴ってみる。


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国道381号線 JR予土線の三島鉄橋脇に架かる「三島第一沈下橋」

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同上

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「道の駅 四万十とおわ」の土産物売り場建屋。「とおわ」は十和と綴る。

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「道の駅 四万十とおわ」に隣接するカフェ 眺望は抜群で、180度展開する清流四万十川が眼前に広がる。

カフェ 「ocha kuri cafe」に人影は見えず、休店日??だったかも。


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「道の駅 四万十とおわ」から上流側を遠望する景色。

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「道の駅 四万十とおわ」の展望テラスから食堂建屋を観る。

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高知県は木材の一大産地であり、カフェはふんだんに杉や桧が用いられ、ステンで色付けされたモダンさ

が目を惹く。「お茶栗カフェ」を意味するのかどうか、定かではない。

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国道441号線から観る「岩間沈下橋」

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同上

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同上、国道脇展望所より観る。濃緑色の清流沿岸には水遊びの家族連れの姿も見える。対岸まで迫る

傾斜角のある山裾は川底を抉るように深みを見せているはずだ。


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国道441号線左岸には広い河原の先に「勝間沈下橋」がある。ここは貸しカヌーが橋のたもとに並べてあり

夏休みを清流下りで楽しむこともできるようだ。


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青空と入道雲、日本の原風景が感じられる一服である。

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「勝間沈下橋」左岸側駐車場に咲き誇る「百日紅(さるすべり)」が映える。

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帰路、高知ICで降り、高知市内の「はりまや橋」を見学する。ここでも、市街地は驚くほど整備され、昔の

面影は微塵も感じさせられない。


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昔の「はりまや橋」は日本三大「がっかり観光名所」となっていたようだが、復元されたであろう、木製の

朱色の欄干のついた立派な本物の橋には「汚名返上」驚かされた。写真左側は水を湛えた運河が何十m

かは見えていた。


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土佐料理店「司総本店」の入り口に掲げられた土佐の誇り「坂本龍馬」の実物大写真、これは誰もが目に

したことのある写真だろう。意外と小柄身長160cmぐらいと思われた。




資料:往復走行距離数 520km 平均燃費 25.6km/L 大人4名 子供1名 車種 プリウス3S

 7月17日の早朝に与那国島を草舟二艘が75km東方の西表島を目指してそれぞれ六名の漕ぎ手が櫂を漕ぎ始めた。この実験は国立科学博物館などが日本人のルーツを探るという壮大な意図のもとに計画され実施に至ったものであるようだ。結果的には二艘とも黒潮の潮流に大きく流されて目的の西表島には人力ではたどりつくことができなかった。この実験について素人(玄人なんていないと思うが)としての意見を少し延べてみたいと思う。
 この実験のグループ長が言ってた、このような草舟での大洋航海の再現実験は空前絶後であるとのことだが、草舟を使うことの理由として、木材加工用の石器などが沖縄では発見されていないこと。また草舟を造るための蒲(ガマ)がどこにでも見られること、と発言されていたが、そもそも草舟で大洋を渡ることは無理があると思う。南米のチチカカ湖の葦舟は有名であるが、そこは内水であり、波も穏やかである。対して、ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアなどの伝統的な造船には丸太をくり抜いてアウトリガーを取り付け、三角帆で推進するものがほとんどである。造船が容易である、材料がどこにでもある、これだけの理由で人類が大洋を漕ぎだすことはおよそ想定できないのではなかろうか。
 今回の実験では屈強な男たちのなかでも、大きな揺れや櫂を漕ぎ続けるための疲労もあり、交代を要請する場面も見られたように、何日、何カ月かかるかも分からない舟旅には草舟はあまりにも貧弱であり、とても大洋のうねりや風波には耐えられないだろう。長期間の航海では海水が蒲草の芯にも浸水して浮力をおとしめることが舟の重量が嵩む、何よりも糧食も必要だしこの実験については出だしから疑問符だらけである。
 三万年前には氷河期の影響で海面は現在よりも80mも低かったようで、台湾は大陸と結ばれていたらしく朝鮮半島も現在の形状とは大きく異なり、黒潮海流速度はもっと強かったと言われる。国立科学博物館のグループ長は今回の実験では多くのデータを得られたということのようである。そして次回
は台湾よりの発進を計画しているらしい。
 小生の意見では、次回の実験では草舟ではなく、丸太をくり抜いたアウトリガー舟とし、さらに人力頼りではなく、帆布のようなものをマストに揚げて、長期間の航走に耐えるるようにすべきだと思う。数万年前には現在とは較べようのない科学しかなかった、それゆえに葦や蒲の舟が造船にむいてたとは思える。何百、何千、何万回と遭難しながらようやく草舟が沖縄列島に辿り着いたのかもしれない。
 今回の実験ではあまりにも現実的でないことが証明されたようなもので、草舟に付けたGPSにより潮流など今後の計画の資料となるはずで、現在分析中とのことである。黒潮の潮流の分析などは二艘の草舟に並走していた伴走船で分かることだろうし、壮大な実験がまるでキャンプ活動みたいに見えてしまい残念である。
 日本人のルーツを探るという実験に決して掉さすものでない。沖縄列島の各地で発見される旧石器時代以前の人骨を分析すると、まさに黒潮に乗って南の海から北上してきたとされる人類のDNAと同一であることは間違いとのことである。
kusafune
与那国島から草舟を漕ぎだすも・・・・・
yjimage
南米ペルーのチチカカ湖の葦舟
polinesia
推薦、このような舟なら大洋航海もできそうだ。








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