Aminのつれづれなる日記

来し方を振り返りながら日々思うがままに綴る。国内外の旅行、時事問題なども含めて独善的感想も差し挟んでみた。

2016年04月

4月28日

熊本地方を中心にした
熊本地震の復旧には目を見張らせられるものがある。むろん、被災者、特に避難所、

車中で過ごす方々にとっては、遅々としての思いはあるかもしれない。

被災した住宅が崩落してしまい、元の居所に戻るあてもなければ、その心中は計り知れないほどの不安が

ストレスが蓄積しているに違いない。

救援は食料や飲料などが一巡して、今は生活用品が主要な援助物となっている。インフラの復旧も目覚

ましく、九州新幹線は本日全線復旧し、九州道も月末までの開通を目指しているようだ。ガスは6割方、

電気はほぼ全戸、水道は復旧が進むも水質の汚濁などの問題も生じているようだ。

阿蘇地方の温泉施設の異状が報告されている。温泉水が枯渇してしまったという、温泉観光地として

致命的な事態があるようだ。その他、熊本市内の水前寺公園内の池の水が漏水で干上がってしまっている

みたいだ。

水前寺公園
既に余震の回数が千回に届くほど頻発していることが、避難生活者およそ4万人が避難所から退所すること

への大きな不安材料となっているのが分かる。この異常なほどの余震の連続が過去の震災との相違点で

ある。度重なる地震の影響は地盤を緩め、それが少しの降雨によっても崩落するという恐怖がある。復旧に

ついてこの複合した被害の状況が復旧への困難さに輪をかけることとなっている。

避難所での生活は健常者でも過酷であるはずなのに、高齢者や障碍者などの生活弱者にとっては地獄と

化す事態となっていることは容易に推察できる。生活再建には一日も早い「仮設住宅」を用意することが

被災者救済の喫緊の課題であると思う。








4月26日

このところ、メディアでも街中でも耳障りな話し言葉に気付いたので記してみたいと思う。これは中高年の方々

なら一応に気にしているに違いない。

小生はYoutubeで文化放送のラジオ番組、武田鉄矢の「今朝の三枚おろし」を視聴することを楽しみにし

ている。彼は昭和40年代初めに九州博多で「海援隊」というフォークグループを立ち上げ、「母に捧げる

バラード」で一世を風靡したが、その後が続かず、鳴かず飛ばずの長い時代を経て「金八先生」シリーズで

再ブレイク。以降は俳優としても銀幕に姿を現すことも度々あり、今や時代の寵児的存在感を示している。

彼は小生と同年齢でもあり、青春期を語る内容がいちいち呼応するものがあり、同世代として同じ時代を

過ごしてきたことが共感を呼ぶのである。
武田鉄矢
彼が「
言葉遣い」について、先日25分間に亘り意見を述べていたので取り上げてみたいと思う。

①よろしかったでしょうか?→レストランなどでウェイターウェイトレスから念押しされる

②〇〇みたいな→これは日常会話でしばしばつかわれている、自分もむろんだが

③私って〇〇な人じゃないですか→私って雨降っても傘持っていかない人じゃないですかア

④全然大丈夫、全然良いです→本来は否定の前に着ける接頭語

⑤相手の名前を聴く術をしらない→失礼ですが・・、恐れ入りますが・・→極端な場合「何様でしょうか?」

⑥〇〇なんですよオ⤴ 〇〇じゃないですかア⤴

⑦ヤバイ、フツー→エッ、これマジヤバクねエ⤴

⑧〇〇になります→ナポリタンになります なんて言われると、ボンゴレになるんかい?となる

⑨〇〇円から→スーパーのレジにて現金を差し出すとこの違和感がある言葉が返ってくる

気付いただけ、思い出しただけでもこれぐらいあるから、世間(この言葉自体が死語になりつつあるかも)に

蔓延っているはずだ。世の中がマルチメディア化されて、媒体も一応なものばかりでなく、大新聞といえども

読者は減少の一途らしい。ラジオもテレビもおちおちしていられないかもしれない。

インターネットの世界が世相を大きく変えているのが分かる。むろん、言葉遣いもネットに合わせた今風の

言葉遣いが普及し、我々中高年、団塊の世代には過ごしにくい世の中になってしまったものだ。










4月23日

4月20日ころを24節気では「
穀雨」ということになる。さぬき地方ではこの時季、昼間の気温は摂氏20度

近くになり、つい先頃まで咲き誇ってたサクラもすでに葉ザクラとなっているのに気付く。

あまりの好天に誘われて郊外へ足を踏み出した。
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長い冬から目覚めた山野は初々しい芽吹きもすでに大きく膨らみ、薄緑色の新緑が眩いほどだ。

小生にとり、この見事な春の風情を感じ、見ることはすでに66回目となるわけだ。

そこに一足踏みいれると、今年の春も巡り巡って何万回か同じように今見ている自分の前に広がってい

たはずだと思うと、感慨深く、悠久の歴史の事実に感動せずにはいられない。

植物は結実し、動物は卵を産み、バクテリアさえも発生を繰り返しながら、次の世代へと受け継がれるとう

交代を何万何千万回と繰り返して今の世界があるという事実がある。

なかでも、人類という動物だけが、特別なものとしてこの世界を支配していること、ここにはどうも驕りが

過ぎているのではなかろうかと、直近の自然界からすると、苦言がでてもおかしくないのではなかろうか。

そうした環境のなかで、人それぞれが億年単位の地球上でその一瞬を生きているということに気付く機会

がそれほどあるように思えない。日々をせかせかとストレスを溜めながら汲汲と生き、自然という世界の中

にいることを実感することさえままならない、そのような人生を過ごす、ごめんこうむりたいものである。












2016年3月末にて小生の「職場」との長い道程は終わりをつげた。ぼんやりとは覚悟はしていたものの、

喪失感みたいなえも言われない不思議な感覚がもたげてきたのが分かる。

会社勤めをする者の誰もが通る最終関門のひとつかもしれない。問題あるとしたら、この先が見えない

ことである。衰える体力に比して、精神力はまだまだ疲弊していないので、団塊の世代として誰もかれもが

同じような環境に置かれているのだろうかと、思う。

園児や小児たちにはこれからの世界が広がっているのが羨ましいのが本音である。どこへ行こうが何を

しようが、初めて尽くしである。まだまだ重なった体験経験は薄っぺらなものだ。

反して、我々には残された道程はそれほど長くはない。何をしても、どこへ行っても「見納め」となる可能性

ばかりに落胆させられる。もう、二度と見ることない、来ることないとなると、がっついて、見苦しいのだ。

振り返ることはしない。明日、来週、来月、来年ぐらいを照準にして、やれることはできる範囲で今やる、

そうすれば、自ずと日々何をするのかがはっきりするのだ。

当面の目指したいこと

①気ままな日本を再認識する車での旅、地方を中心にして。
宗谷岬
②中国西域の旅、ウィグルとタクマラカン。
タクマラカン
③若い時代を過ごしたモロッコなどマグレブ。
マグレブ
体力と経済力が許す範囲でこれを実践してみよう、と決意している。

何がしたいのか?もう、ネットの世界には飽きつつある、バーチャルではなく、両目でしっかと目撃者となる

そのような場面を想像することに救われる自分がいる。


4月20日

巷に溢れる老人たち、彼らは定年退職後、行き場を失ない、当てもなくぶらぶらと屋外を徘徊しているが

ごとく。今世紀にはいってからしだいに目につく特徴的な光景が展開されている。このような場面に遭遇

するのは厳冬期を除いて、各所、公園、商店街、ショッピングセンター、スーパーマーケット、図書館など

私有物を除いてあらゆる所に出没しているのが分かる。

豊かな老後が約束されている、こんな夢のようなシーンは完全に否定されている現実がある。何故に彼らが

そのような立場に追いやられてしまったのか、自分自身の考えを述べ記してみたい。

60~75歳と言えば、戦中、戦後派の中核世代である。戦後の成長期には多少の「食糧難」も体験した記憶

を残す者から、戦後が終わったと宣言された時期に誕生し、岩戸、イザナミ景気の只中で義務教育を受け、

集団就職で上京、ガムシャラに高度成長を支え続けたという自負がある。働き通しの会社人がその終着点

に辿り着く前には、バブルの崩壊から、リーマンショックと失われた20年と言われる経済不況に見舞われる。

この世代に特有な家族構成として、親の長寿命化、それに伴う介護の問題を抱えているものが多いのだ。

三十代にある子供らにも多くの問題を抱えている。不安定な派遣の職場、引き籠り、配偶者の親の介護等

あまりにも、過酷な環境が口を開けて待ち受けてたという、思いも寄らない事態に遭遇し、不安が絶望的に

なりそうな世代が厳然として存在している。
リーマンショック
家庭内に居り場を失った「オヤジさん」たちは、ぶらぶらと戸外へ安らぎを求めるも、現実は厳しく、彼らは

その怒りを発散すべく、切れるという行動が頻発するというわけだ。なんでもない、袖の接触でも「怒鳴る」し

サービスに難癖をつけて店員を困らせる。ショッピングセンターの駐車場でも同様、割り込み大声で威嚇する。

小生も社会に初めて出たころに「21世紀は日本の世紀」という米国の経済学者が書き記したベストセラーが

もてはやされていたことを思い出した。
1
1990年代になる頃にはすでに日本の退潮の兆しは見えていた

のかもしれない。過剰流動性という不思議な金融が不動産バブルを招き、ゴッホの名画がとある保険会社が

落札した金額が100億ともいわれた時代は異常な時代を予見させたプロローグだったのかもしれない。

切れる老人たちの背景にはある意味では同情的になる。汗し、働きづめの報酬が約束されてたはずなのに。

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